Updated 12/6/11

新シリーズ:新時代のグローバルM&A 成功の条件
第五回:新時代のM&Aガバナンス
(12月1日発行第120号掲載)
【事例】
ニューヨーク、ミッドタウンにある大手投資銀行M社の会議室。日本企業A社による米国企業B社買収の事前精査(1)の中間報告会が行われた。朝七時半から集まり、各専門領域に分かれた外部アドバイザーチーム(監査、税務、弁護士、コンサルタント)が、順番に報告を行う。会議を統括するのは、A社の代理人と称するM社のデービス。海外M&Aの経験が少ないせいか、A社からの出席者はいない。
午後遅く、ようやく筆者達チームの番。当時のボスが早口でプレゼンをはじめた。
この案件も、当時、「日系企業向け案件」と呼ばれた案件と同様、旧い米国企業特有のレガシーコスト問題がある。隠れ債務の可能性の高い確定給付(DB)型年金の存在に始まって、手厚い医療保険、しかも大量にいる退職後社員にまで支払い義務を持つ。長期勤続の役員・上級管理職にはアンダーウオーターのストックオプション(2)やSERP(3)、パークスと呼ばれる複雑な個別契約まである。加えて、過去五年間、若手中堅層の離職率は急激に高く、逆ピラミッドに近い人員構成になっている。
本来、こうしたコストやリスクは、買収価格に反映される。場合によっては、買収判断にさえ影響を及ぼすケースもある。しかし、成功報酬(4)で働くデービスにとっては面白くない。
案の定、プレゼンの途中から、強烈な空気圧(Pressure)がかかる。「おまえ等、空気読めよ・・・」。次第に、会議室全体の空気が凍っていく。
チームのプレゼンが終わるや否や、デービスが 「サンキュー、ジェントルメン」・・「エニー、クエスチョン?」・・「オーライ、サンキュー。ネクスト」・・問題を討議せず、さっさと次に移ろうとする。
当時、まだあまりにも若かった筆者(未でも未熟な筆者)が、思わず出しゃばった。「きちんと情報共有をしてくださいね。<私たち>のクライアントに」・・・。凍っていた空気が、揺らぐ・・・その揺らぎが収まったかに見えた後、「イエス」。宙を見つめたままのデービスが応えた・・・。
【分析】
もし、この海外でのM&A事例を成功に導けなかった場合(成功=買収するも所定の成果を挙げられない場合と仮定)、どこに問題があったのでしょうか?
- 成功報酬型のフィー体系 (外部アドバイザーと利害相反を生む仕組み)
- 日本企業全般に見られる利害相反(5)に対する意識の低さ (デービスへの丸投げ行為)
- デービス、及び投資銀行の姿勢
- 他の外部アドバイザー・チームの姿勢
- M&A事前精査プロセスのあり方
- A社側のM&Aチームの関与不足(本来、会議に出席すべきだった?)
- A社側の海外M&A経験不足+社内専門家育成不足
- A社側の社長や事業責任者
- A社側の取締役
- A社側の株主
もしかしたら、全てが問題??
【グローバルM&A 成功条件 その4】
昨今、日本企業の「ガバナンス」が、世界的な注目を集めています。
海外メディアの報道ぶりから、特に問題だと感じる点は、
1)特定数社だけではなく、多くの日本企業にも共通する体質では、と見られていること、
2)外国人社長である英国人紳士以外、誰一人、声を上げた日本人がいなかった、ということ、
3)さらに、あろうことか、提起された問題の可能性を検証するのではなく、逆に、彼を皆が排除する方向に走った、ということです。
「人はどこに?」、いや、「日本人はどこに?」
この問題に対し、数多くの議論がされていますが、そのほとんどが、取締役会や監査役制度といった「組織」や「仕組み」、或いは、コンプライアンスや倫理規程などの「ルール」や「プロセス」、いわゆる、ガバナンスの「システム」の面に終始してしまっています。しかも、十年前に聞いたような話の繰り返し・・・。
本当に、その「システム」を良くすれば、日本企業のグローバル・ガバナンス力は高まるのでしょうか?
本当に、それで、日本企業のグローバルM&A力は向上するのでしょうか?
これまで、筆者が、見た、聞いた、関わった日本企業の海外M&Aにおいて、それを成功裏に導いたのは、その組織の仕組みやプロセスでも、その組織が持つ経験知やノウハウでもありません。ただ、そこにあったのは「人」、それに直接携わった現場の「人」。そして、その「人」を中心とした人と人との「つながり」(横糸)と、真に会社のためにという「忠誠心」(縦糸)とが織りなす「人間」の所業でした。
形だけのプロセスやシステムなど、意味がない。そこに「人間」が介在しない限り。ましてや、グローバルの時代、時空間が大きく変化するパラダイムの中で、完全な「システム」や「ルール」など、ありえない。
もしかしたら、欧州動乱の地、ギリシャ、ローマの神々は、叫んでいるのでしょうか?
こんな時代からこそ、もう一度、「人間復興」(Renaissance)をと。もし、私たちが、資本の論理や株主至上主義を否定するのであれば、「神の手」(市場メカニズム)に完全依存するのではなく、「人間」がいなくてはいけないのだと・・・。パノプティコン(6)の囚人ではない「人間」が・・・。
かつて、江戸期の侍達は、「奉公の至極の忠節は、主に諫言して、国家治むる事也」(葉隠)とし、その士魂の集大成が、「心の底や神や知るらむ」、松蔭先生の遺志を継ぎたる東行(長州)の功山寺決起(7)であり、又、「知己を千載の下に待つ」海舟(幕府)と、「天を相手に」した南洲(薩摩)とが、「始末におえぬ者」鉄舟(幕府)の仲立ちで為した江戸城無血開城であった。
どうすれば、見つけることができるのだろう?
自分にとっての「絶対」や「正解」を・・・
どうすれば、見つけることができるのだろう?
「生きる価値」を、いや、「生かされる意味」を。
もし、人が、「グローバリゼーション」を恐れながらも、なお、憧れ、志向するのは、「時間」や「空間」の進化を助長するだけではなく、「人間」としての進化を加速する、その可能性を信じているから、ではないでしょうか?
だとしたら・・・
恐れることはない。「絶対」や「正解」を探し求めることを・・・もしかしたら、自分との対話は、何より「難しい」かもしれないけど。
臆することもない。人間として振る舞うことを・・・もしかしたら、神様が描いたシナリオ(運命)かもしれないけど。
怯えることもない。『人間を信頼する』ことを・・・きっと、いつか、気づくから・・・「それでよかった」と・・・いや、「そう教えてくれたのは、君自身(人間)であったということ」を。
新時代のグローバルM&A、その成功条件は、私たちが見つけた大切なものを、いつまでも「大切にし続けること」、ではないでしょうか。
(本シリーズ最終回)
1)事前精査。通常DDデュー・ディリジェンス呼ばれる買収の是非や買収交渉価格を決める調査。
2)通称、塩漬けオプション。行使できる価格が現在の市場価格より低いため、一見無価値であっても、将来の時間軸(値上がり可能性)を加味すると理論現在価値では相当額の価値になる。M&Aの場合、それをキャッシュで支払う、或いは、長期インセンティブで代替する必要が出る場合がある。
3)Supplemental Executive Retirement Plan: 役員向け特別追加退職金。日系企業においては、長期インセンティブの代替手段として、或いは、役員向けの円満退職(花道)手段として使われることが多い。買収した場合、積み立て不足の支払い義務が出る場合がある。
4)買収案件が成立した場合にのみ、支払われるフィー体系。主に投資銀行に対して適用される。
5)利害相反(Conflict of Interest)。一方の利益が、他方の不利益になる事象。或いは、双方がそれぞれの利害勘定をすることで、思わぬ矛盾が生じること。「ひとたび、海外に出たら、それを忘れてはいけない」。「相手と交渉、喧嘩するためだけでなく、良好で長期的な関係を築くために」(かつて、海外M&Aを成功させた日系企業トップの方のお言葉)
6)多くの囚人を同時に効率的に運営するために設計された監獄システム。その中で、人は、一人の人間としての無力を自覚し、ニヒリズムに堕ちていく。グローバル組織設計上の一つの思想。
7)幕末、上海帰りの高杉東行、英国帰りの伊藤博文等、ごく少数の藩士による長州の藩論大改革。この快挙なくして、維新なし。大化の改新以来、日本的ガバナンスの一つの類型。
【執筆者略歴】
佐藤 将 (Sho Sato)
グローバルフロントライン(GFL)株式会社
代表取締役コンサルタント
「現場の始点、経営の視点」をモットーに、グローバル経営、特に組織人事変革のアドバイザリー・サービスを提供中。海外でのM&Aにおいては、@買収前の人事リスク精査、A直後の発表・統合企画、B買収数年後からの統合推進など、様々な局面で社内ファシリテーションを実施。その他、海外経営に関する駐在トップ候補者研修や本社グローバル人事企画なども提供。
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