教 育
日本語弁論大会とジャパン・アカデミック・チャレンジ開催
(2012年4月26日130号掲載)
さる3月24日、ジョージア・ペリメター大学ダンウッディー校において、第21回日本語弁論大会、並びに第7回ジャパン・アカデミック・チャレンジ(高校生対象の日本関連クイズ大会)が開催されました。
当日は、当地日本語教育会にて人気を誇るティム・クック先生(アラバマ大学日本語講師、写真右)の司会進行の下、弁論大会(「弁論部門」:自作のスピーチ原稿の暗唱、「暗唱部門」:課題の文学作品暗唱、「オープン部門」:高校生から大学院生まで出場可能)には、当地ジョージア州を始め、サウスカロライナ州及びノースカロライナ州から日本語を学習中の44名の大学生が、ジャパン・アカデミック・チャレンジには、同じく日本語を履修する高校生23チーム(原則3名で1チーム編成)が出場し、日頃の日本語学習の成果を大いに発揮しました。
入賞者は下記の通りです。
また、当日は日本文化紹介の一環として、ジョージア工科大学の上田純準教授によるロボット工学の歴史や進歩などを解説するプレゼンテーションも行われ、高校生・大学生を中心とした聴衆が大変興味深く聴いたり質問したりしました。
尚、両大会は、ジョージア日米協会、ジョージア日本人商工会、ジョージア日本語教師会並びに在アトランタ日本国総領事館4団体の共催で行われました。
[日本語弁論大会]
弁論部門
1位 Kieran R. Maynard(ジョージア大学、写真右)「ラーメン」(原稿を下にご紹介しています)
2位 David Peters(ジョージア大学)「100%の愛」
3位 Dasom Eom(ジョージア工科大学)「私の目に映つた日本」
頑張った賞
Alyssa Sullivan(クレムソン大学)「私はいったい何人なのかしら」
Travis Teague(クレムソン大学)「キリスト教との出会い」
Seul Gi Moon(ジョージア工科大学)「My Future」
暗唱部門
1位 Yaoching Yang(ジョージア・ペリメター大学)「世界に一つだけの花」
2位 Yeu-Ann Huang(エモリー大学) 「生きる」
3位 Sijia Wang(エモリー大学)「世界に一つだけの花.」
頑張った賞
Trang Vo(ジョージア・ペリメター大学)「生きる」
Tong Gao (アグネス・スコット大学)「世界に一つだけの花」
Yuchen Ren (エモリー大学)「Nero (To a Beloved Dog)」
Charnele Gates(ジョージア・ペリメター大学)「生きる」
オープン部門
Most Fluent Speech賞 Hannah Dodd(ジョージア大学)「『春と修羅』序」
ベスト表現賞 Myeonghee Choi(ジョージア・ペリメター大学)「歩む者のない道」
元気賞 Jimin Kim(ジョージア・ペリメター大学)「ベスト友達(きろろ)」
[ジャパン・アカデミック・チャレンジ]
レベル I
1位 ドッジ・カウンティー高校Aチーム
2位 コロンバス高校Bチーム
3位 リバーウッド高校
レベル II
1位 ローズウェル高校
2位 リバーウッド高校Aチーム
3位 ホライズン高校
レベル III
1位 ローズウェル高校
2位 ドッジ・カウンティー高校Bチーム
3位 コロンバス高校
レベルIV
1位 ローズウェル高校
2位 パイデイア高校
3位 リバーウッド高校Aチーム
弁論部門一位『ラーメン』 キーラン・メイナード
アメリカで嗜好されている日本食品の中で、特に親しみを持たれているのはラーメンです。なぜなら、ラーメンはカップヌードルとして渡来して久しいからです。ですが、私が日本でびっくりした事は、ラーメンがカップヌードルだけでなく場所や店によって色んな形や味をしているという事でした。私の住んでいた町は「博多ラーメン」で有名な福岡でした。博多ラーメンの特徴はスープが豚骨から作られている事です。
「ラーメン」という名前は中国語で、手で引っ張って作られた麺という意味で、中国の最も一般的なラーメンは「蘭州ラーメン」という牛肉ラーメンです。蘭州ラーメンを売っている店の多くはイスラム教徒の経営で、豚肉は使いません。それに、中国ではラーメン屋で麺を手で打つ作業が見られ、値段は日本に比べて10分の一くらいです。
では、ラーメンはどうやって日本へ渡り、変化したのでしょうか? 伝説によると、麺という食品は中国から絹の道を辿り、地方によって様々な形になりました。イタリアではパスタになったし、日本の場合はうどんでした。約1300年前、中国の唐代の頃、中国大陸と九州間の交流が盛んになって中国人が九州の北部へ来ました。福岡は、うどんを初めとして、日本での中華文化の発祥の地です。ラーメンが日本で普及した沿革は二十世紀の始め頃で、「中華そば」と呼ばれ、中華街で売れていてラーメン屋台がだんだんラーメン専門店に変わったのでした。けれども、博多ラーメンが有名になったのは、さらに後の「ご当地ラーメン」の流行に由来します。70年代の頃、ラーメンが場所の特徴を現す特産として日本文化の中に特別な地位を占めるようになりました。
「場所らしさ」、或いは場所の特徴は重要です。人々は場所の特徴を誇るために(そして観光客を勧誘するためにも)色んな事物を作って強調し、「ここは桜が全国で一番綺麗」とか、「ここはうどんが一番おいしい」とかと主張します。私の考えでは、その場所らしさを強調する傾向は戦後始まり、日本の都会が殆ど同じに見えるようになったことから発生しました。住民が他の土地へ移動したり、建物が壊されて鉄筋コンクリートに建て直されたりした結果、土地の特徴を現す物が少なくなったので、60年代の後半以降、ラーメンは似たりよったりになった町々に特徴をつけるものの一つとして用いられるようになったのです。
最初に述べたように、アメリカでは一般的にラーメンと言うと安く買えるカップヌードルのことですが、それでもニューヨークには博多ラーメンの一風堂があり、ジョージア州には美味堂(うまいどう)があります。将来和風ラーメンはもっと広く知られるようになるでしょう。
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